カオフラージュ
「やめて」
そう叫んだのはハルコだった。それから、川島に向けていた銃口を自分自身の口へと運んでいった。そして、彼女は船のへさきのような形の建物に目を向けると、ひとすじの涙を流した。「姉さんとここにいたあの頃が一番幸せだった……」
「いや……」
愛の口から、溢れる涙とともに力なくこぼれ落ちる嘆き声。
「私は瞳……もちろん本物の姉さんではなくて、晴子の中の人格の一人よ。刑事さんの言うとおり、私にはずっと、記憶にあるやさしい姉への思いがあった。でもそれは残酷なまでの裏切りから、激しい憎悪へと変わった。ううん。違うわね……それはきっと私の誤解から生じたもの、私の弱さが生み出した怪物。私はもう一人の私を……ハルコの悪事を止めたかった。だけど、結局は私も弱いままで……記憶喪失の彼は私が求めたんだと思う。新しく生まれ変わった人になりたかった……でも、やっぱりそう都合よくはいかなくて……顔を変えても……ハルコを無理やり消そうとしても消えるはずなかった。それは彼女が……私が犯してきた罪と同じこと。だから、もうこれで本当の終わりにする。愛ちゃん、最後にあなたに会えてよかった。あなたのお姉さんを大切に思う気持ちが、最後の最後で私をハルコに勝たせてくれた。そして、お姉さんのこと本当にごめんなさい……それと、ありがとう」
最後に彼女は微笑んだ。
「いや――」
重なる銃声が断末魔にも似た愛の叫び声を空しくかき消した。
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