カオフラージュ
35
「その後、車は引き揚げられたが、そこに瞳ちゃんの遺体はなかった」
黒のスカイラインを運転するハンチング帽の男が言った。
「その女刑事さんが……私たちが追いかけているあの彼だというんですか? そんな嘘みたいな話、信じられません」
助手席の愛が眉をひそめ、不服そうに言った。
「私にも信じられないさ……。ただ彼女はDID、すなわち乖離性同一性障害、平たく言えば多重人格者だったんだ。今は性転換して、あのとおり男の姿をしているが。」
「多重人格……? まさか、そんな……」
「ただし、彼女は本当の瞳ちゃんではない」
「え? どういうことですか?」
「彼女には晴子という双子の妹がいたんだ……」
「ハルコ……?」
「彼女の姿を最後に見たあの日から、半年経った今でもまだ事件は解決していない。私は今年で定年退職だ。もし、このままで終えたなら、私は自分の刑事人生に何の価値も見出せなくなってしまうだろう。それに、幼い時から知っている瞳ちゃんのことを私はずっと娘のように思ってきた。もちろん、今でも……だからなんとしても彼女を救いたいんだ」
「そうだったんですか……刑事さんは瞳さんとハルコが入れ替わっていると、瞳さんはどこかに囚われていると考えているんですね」
「そうだ」
頷く川島。
「あの、刑事さんって、川島さんですよね。私、覚えてます。とにかく姉の事件の真相が知りたくて、私がしつこく捜査のこと聞いて回っていた時に他の刑事さんたちは事件に首を突っ込むなって感じだったけれど、川島さんだけは自分の納得いくまで、調べてみればいいと言ってくれました」
「私も覚えていたよ」男はサングラスを外し、ハンチング帽を脱いだ。「この事件の解決は君にとっても大切なことだったね」
「でも私にはどうしても、彼がそんな事件を起こしたとは思えないんです……」
そのとき、前を行く記憶喪失の男が乗るバイクが視界に入った。
「奴だ。追いついたぞ。私の勘が正しければ、今の奴は君の知っている男じゃない」
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