カオフラージュ
28
前を防弾ガラス使用の黒のセルシオ、後ろを同じく黒塗りのランドクルーザープラドに挟まれて走る銀色の公用車、Y51フーガハイブリッドに裁判官である鶴見啓一を警護しながら、川島と石本の二人が同乗している。
「しかし、少し大仰過ぎやしないかね」
五十代半ばの痩せた男は不平をもらした。
「いや、検事。犯人は絶対に現れます」川島は言った。「恥ずかしながら、この事件の担当者として、ここまで犯人を野放しにしてしまった責任が我々にはあります。ですが、必ず検事のことはお守りしてみせま――」
信号十字路で公用車が右折したところに横から猛スピードで白の2トン車、エルフが突っ込んできた。車体の後方に衝突され、弾き飛ばされた銀色の車体は交差点の真ん中で他の車にぶつかりながら、円を描いた。続けて、トラックにはすぐ後ろを走っていた警護車がぶつかり、辺りは騒然となった。
ようやく回転が収まった車内で川島が検事の無事を確認すると、少しクラクラする頭を押さえながら、車を飛び出し、すぐさま銃を構え、石本と二人で今にも爆発炎上しそうな軽トラックにゆっくりと近づいた。彼らがペチャンコに潰れた運転席の中を慎重に確認すると、そこに人はいなかった。
「まずい」
ハンドルとアクセルに取り付けられた配線に気がついた川島がそう叫ぶと、背後で銃声が聞こえた。
信号手前の歩道橋の上からワイヤーにぶら下がり現れた、黒のヘルメットに黒のレザースーツ姿の殺人鬼は、車の後部座席で座ったままの姿勢で絶命した裁判官の死体の上にカードを投げつけた。
川島と石本は移動して、歩道脇に停めてある車の陰から犯人に向かい、発砲しようと銃を構えたが、そこへ先頭を走っていたセルシオが戻り、目の前を遮った。そして次の瞬間トラックが爆発した。間隙をぬって、黒ずくめの犯人はワイヤーを使い、歩道橋の上へと舞い戻った。両刑事は黒い煙と炎が舞い上がる、まるで戦場のようなその交差点をぬけ、犯人を追いかけた。
歩道橋の上からバイク――赤のVTR250で反対側の道路へと、階段を下り始めた犯人の左肩を川島の放った銃弾がかすめた。続けざまに二人の刑事は発砲したが、犯人はそれを見事なドライビング・テクニックでかわし、逃げ去っていった。
催眠ガスで眠らされていた公用車の運転手の介抱をしていた石本が、犯人が残していった【Driver】と記されたカードを眺め、ため息をついた。
「犯人を目の前にして、みすみすそれを取り逃がしてしまうとは。しかも、マルタイを守りきれなかったんですから。自分たち、本当にヤバイですね。こうなったら、最後のマルタイだけでも死守しないと。早速、警部たちに合流しましょう」
「ああ」
気のない返事を返す川島。
「川さん、大丈夫ですか? 話、聞いていました?」
「どこかで、見たことがあるような……」
彼はつぶやいた。
「は? 何のことですか?」
「確かに同じものだったと思うが」
そう言って、遠い目をした彼の頭の中には今、犯人の破れた袖に露わになったトライアングルに位置するホクロのことが浮かんでいた。
0コメント