カオフラージュ
24
誰もいない深夜の駅のホームに電車がすべりこんでくる。停車した電車から出てきたのはスーツ姿で白髪交じりの恰幅のいい、五十代の男一人。
「やあ、待った?」
無人の改札をぬけながら、スーツ姿の男が言った。
「ううん。全然」
パープルのヨットパーカーのフードで顔を覆うように隠し、黒いサングラスをかけた彼女が微笑んだ。
JR横須賀線逗子駅。深夜零時を過ぎた駅には彼女と男の他には誰もいなかった。
「しかし、こんなところ来るなんて初めてだよ。こんな夜中に一人で電車乗ったのも初めてだけど」
彼は笑いながら言った。
「ごめんね。仕事終わりで疲れているでしょう」
「いやいや、私の仕事柄、こういうことは人目についちゃいけないのだから。絶好の隠れ場所だよ。実は今、仕事に関連してなんだけど、警察の保護下に置かれていて、いや別に私が何かしたというわけではないよ」彼は笑った。「とにかくそういうわけで、彼らの目を盗んで抜け出してくるのも結構、大変だったんだ。でもまさか、君との約束を反故にしたくはなかったからね」
「奥さんには?」
「研修だと言ってある。そもそも、私のことに何の関心も無いから、そんな嘘つく必要もないぐらいさ」彼はまた笑った。「しかし、逗子に別荘とは君は一体……。いや、それは聞かない約束だったな。お互いのことを深く知り過ぎるのはよくない」
駅から徒歩十五分くらいの場所――閑静な住宅街で、近くに披露山公園がある。
その家はあった。鉄筋コンクリート造りのメゾネットタイプのマンションで壁は白塗り、専用の庭と一台分の駐車場がついている。両隣に建売の新築の家が並んでいるが、どちらもまだ入居者はいない。
「本当にすばらしいね。こんな素敵な別荘があるなんて、うらやましい限りだよ」
部屋に入ると、男は感嘆の声を上げた。
「私も同感だわ。こんな家が欲しいもの」
彼の背後で彼女が言った。
「え?」男が後ろを振り返ろうとすると、突然、首にロープを巻かれ、きつく締めつけられる。「ハルコ、何をする……」
彼はロープを外そうと激しく抵抗するが、ロープは無情にもさらにきつく首に食い込んでいき、やがて力つきて、絶命した。
「残りあと二人、もうすぐあなたの偉業に近づける」
彼女は周りの壁や家具の指紋を拭き取ると、男の死体の上に【Motivator】と記されたカードを置いた。
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