カオフラージュ
23
少女が自室で勉強机に向かい、高校入試のための数学の問題集を解いている。
部屋の電気は消され、薄暗い部屋にデスクライトだけが、まるで最後の希望とでもいうような、か細い光を放ち、彼女をやわらかく包み込んでいる。
深夜の静まり返った家の中に、突然、階段のきしむ音が響き始める。
少女の顔に緊張が走り、こわばってゆく。
小さく震える彼女の背中越しに、ドアのノブが静かに回される音がする。
「おねえちゃん、助けて」
彼女はフォトスタンドに手をのばし、微笑む双子の姉との写真にそっと触れた。今夜もあの鬼畜に汚されるのだ。彼女は覚悟を決め、服を脱ぎ始めた。
――裸の少女をベッドに残し、養父が部屋を出て行くと彼女は目を覚ました。またいつものように、服を脱いでからの記憶が無かった。彼女は姉に礼を言った。そして、起き上がると再び、机の上の写真に目をやった。姉の最後の記憶は養護施設から、姉が養子縁組をしたやさしそうな養親とともに、去って行った日のことだ。彼女はまだ六歳だったが、その日のことは鮮明に覚えている。姉はどこにいても、離れていても二人は一緒だと言った。事実、離れてからもいつもそばにいるような感覚を感じることはあった。しかし、それから二年後、彼女も養女となり、鬼畜の養父から性的暴行を受けるようになると、彼女は姉に心の中でSOSを発したが、助けには来てくれなかった。次第に、一人だけ幸せな家庭に引き取られ、自分のことも忘れてしまったのだろうと姉を恨むようになり、この苦しみを自分に代わって味わうべきだと考えるようになった。すると、ある日心の中に姉の言葉が聞こえ、彼女を助けてくれると言った。それ以来、彼女は養父の相手をしなければならない時、姉に助けを求めると、彼女の中に姉が現れるようになった。そしていつしか、他の家で養女になった姉はこの世から消え、彼女と一体になったと本気で信じるようになっていた。
養女になって、十一年。高二の夏。姉が助けてくれるとはいえ、彼女の身体には生傷が絶えることはなく、思春期を迎え、やはり精神的にもかなりきつくなっていた。そんな時、運命は急展開を迎えた。養父である鬼畜男が殺されたのだ。
彼女にとって大恩人であり、心のヒーローとなった犯人は当時、殺害現場に数字の書かれたカードを残していくことから、“ナンバーズ・キラー”と呼ばれ、世間を騒がせていた連続殺人犯のマイケル・アーロンだった。彼は事件から一年後の夏に捕まったが、最終的には九人もの人が彼の犠牲となった。
彼女は彼の虜になり、彼の裁判には足繁く通い、彼の姿を目に焼き付け、彼の発する言葉をすべて頭の中に刻み込み、彼の生い立ちから、起こした事件の詳細にいたるまでをノートに書き込み、“ナンバーズ・マーダーズ事件”と呼ばれたこの事件を取り上げた新聞記事や雑誌をすべてスクラップして記録した。
裁判官は彼に死刑の判決を下した。これには彼女は到底、納得がいかなかった。彼女ははげしい怒りを覚え、どうにかしたかったが、結局は何もできなかった。
それから数年後、彼の死刑が執行された時には彼女にはある計画が生まれていた。さらに数年後、それを実行に移すための準備を終えると、彼女はマイケルの魂を受け継ぎ、ナンバーズ・マーダーズ模倣事件を開始した。厳密には完全なる模倣ではなく、敬意を払いつつもより進化した形で。具体的には、マイケルは現場に残すカードにはただの数字を利用したが、彼女はエニアグラムの性格論からなる九罪(九種類の倫理上の罪)を記すことにした。それと自分の中に消えたはずの姉が再び目の前に現れて、力を貸してくれるとなぜか彼女は強く信じていた――完璧だ。彼女に迷いはなかった。
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