カオフラージュ
22
昼時ということもあり、愛華楼はたくさんの客であふれかえっていた。愛たちはホールの一番奥の席についた。男はテーブルに料理が並ぶと、もくもくと食べ始めた。
「本当におなかが空いていたんですね」
愛が笑顔で言った。
「すいません。一人でがっついちゃって」
「いえいえ、どうぞ遠慮なくたくさん食べてください。どうですか? ここの料理おいしいでしょう」
「はい。すごくおいしいです」
「よかった」彼女はそう言うと、ふと厨房に目をやり、手招きする金太郎に気がついた。「あの、ちょっと失礼します。ゆっくり食べていてくださいね」
彼女は男を残し、席を立った。
「じゃあ、事件を目撃したって?」厨房脇の廊下で、金太郎は愛に詰め寄るように言った。「でも、警察発表じゃ目撃者はいないって事だったろう」
「うん。けど、記憶を失くしているみたいなの」
「怪しいな。愛ちゃん、あんな得体の知れない奴連れて、どうするつもりなんだ? 事件に関わっているかもしれないんだぞ。警察にまかせた方がいいんじゃないのか?」
「でも、悪い人じゃなさそうだし。あの人、やさしい目をしているから」
「何言っているんだよ、また。すぐそんな風に人を信用して」
「でもでも、あの人たぶん独りぼっちだから」
「え?」
「記憶を失くして、自分のことが誰かもわからなくなって、誰も頼る人がいなくて。私にはなんとなくその気持ちが理解できるの」
「愛ちゃん……」
「私には金ちゃんや牧師さん、頼れる人がたくさんいるけど、あの人にはそういう人がいないの。だから、私が力になってあげたいと思ったの」
「けど……」
「ね、わかって金ちゃん。それにあの人といたら、何かお姉ちゃんのことがわかるかもしれないし」
「危険すぎるよ」
「警察は当てにならない。でもあの人は何かを知っている。だけど、ひどく怖がっているの。だから、私があの人のことを支えてあげれば心を開いてくれると思うの」
「けどな」
「大丈夫、金ちゃん。私を信じて。きっとあの人が答えを知っている」
人を信じる強い心が彼女の真っ直ぐな瞳に表れていた。
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