カオフラージュ
21
愛は男を追いかけ、九龍ビルを出た。
「あの、さっきはごめんなさい」男は振り返ると言った。「でも、僕は本当に病院には行きたくないから」
「私こそ、ごめんなさい。余計なこと言っちゃって」
彼女は頭を下げた。
「僕、怖いんです。自分が何者なのか知るのが。それに自分が信じられないのに、他の誰のことも信じられない気がして。でも、本当は誰かに助けてもらいたくて」
男はそう言うと、またしてもよろめいて倒れそうになり、愛に寄りかかってしまう。
「大丈夫ですか? どこかで少し休みましょう。そうだ、おなかは空いていませんか? ちょっと歩くけど、私の知り合いの中華料理の店へ行ってみませんか?」
「そう言えば、しばらく何も食べていなかった気がします」
「なんだ、そうだったんだ。おなかが空いていちゃ何もできませんよ。さあ、行きましょう」
愛はそう言って、男の腕を自分の肩に回すと身体を支えながら、歩き出した。
「すみません」
彼の言葉に、彼女は微笑み返すが、あまりの顔の近さに照れて顔が赤くなってしまい、慌てて下を向いた。男はそれを見て、やさしく微笑んだ。
二人の後を少し離れて、ハンチング帽に、黒いサングラスをかけた中年の男が尾行している。
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