カオフラージュ


 見知らぬマンションの一室で、身に覚えのない血のついた謎の数枚のカードが足許に散らばる異様な状況で、記憶を失くした男はあまりの恐ろしさに自分が発狂してしまうのではないかと身を震わせたが、なぜか急速に冷静さを取り戻していることに驚きを覚えた。自分は一体、何者なんだ? 鏡に映る見知らぬ顔に問いかけるが、やはり何も思い出せない。そのとき彼はふいに自分が全裸であることに気がついた。

 服を探そうと、もう一枚のドアを開けると、そこはダイニングキッチンで、その奥にもう一つの部屋が見えた。和室で広さは四畳半ぐらいだが、それまでの部屋とは違い、この部屋にはいくつかの家具があった。窓際に木製のPCデスクにノートパソコン、中央には座椅子が一つ、その正面にスチール製の台の上に置かれた小型のテレビ、ドアのそばにワードローブ型で、やや小振りのスチール製の洋服ダンスがあった。彼はとりあえず、タンスから引っ張り出した服――ネイビーのスウェット・パーカーに色落ちしたブルーのデニムを適当に着ると、パソコンの前に行き、電源を入れた。すると、彼は自分がコンピューターに慣れている感覚を覚えた。パソコンが起動し、ディスプレイにはいくつかの場所の名前と思われるものが、日付とともに横書きで縦に並べて記されている表のようなものが映し出された。何のことかわからず、他に何か自分についての情報がないかと、パソコンを操作し、色々とデータを引き出してみたが、それらしい情報は何一つ得ることができなかった。彼はあきらめ、最初に見たリストに従い、その場所に順番に行ってみることにした。

「ここに行けば、何かを思い出せるかもしれない」

外へ出ることに多少のためらいはあったが、意を決して彼は部屋を後にした。

 とりあえず、マンションを出たが、そこがどこなのかはわからなかったので、適当に歩いて、まず自分がいる場所がどこなのかを確認することにした。人に聞こうとも思ったが、なぜか怖くなってしまいそれは止めることにした。

歩き出すと、彼はすぐに猛烈な暑さを感じた。昼時で太陽は真上にあり、容赦なくその身からあふれ出る光の束を矢のごとく降り注いでいる。気がつけば、まわりを行きかう人たちはみんな半袖を着ていた。どうやら季節は夏らしい。

と、いきなり目の前に海が現れた。彼はすぐにそれが横浜の海だとわかった。そして、急速に自分がこの場所に土地勘があることを思い出してきた。

彼は先ほどのいくつかの場所が記されたリストを書き写したメモを探して、デニムの後ろポケットに手をやると、厚みのある革の黒い長財布があった。財布のなかには一万円札が二、三十枚入っていた。驚いてあわててポケットにそれを戻し、深呼吸をして今度はデニムの前ポケットを調べると、メモはそこにあった。

メモの一番目の場所は大和市だった。遠いなと彼は思った。すると、二番目に書いてある場所はそこからすぐの山下町だった。彼はとりあえずその場所に行くことにした。

 産業貿易センタービルのそばにある九龍ビルは十六階建てのオフィスビルだ。

彼はガラス張りのビルの入り口の前で立ち止まり、屋上を見上げた。

「ここに一体何が?」

突然、フラッシュバック――屋上から見下ろす夜の街が頭の中をよぎる。

「なんなんだ?」

男は叫びそうになるが、なんとか気を静め、ビルの中へと入った。

その様子を少し離れた場所から中年の男が見つめていた――ハンチング帽を目深に被り、黒いサングラスをかけている。


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マウスでアニメやマンガのキャラクターのイラストや4コママンガを描いています たまに小説も^^

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