カオフラージュ
8
愛華楼はまるで有名な築地の卵焼きのようにきれいな長方形の建物で、通りに面して客用の入口があり、つづいてホールがあり、その後方に厨房。さらにその奥が事務所やロッカールームとなっている――そのロッカー室前の通路の壁に、並んで寄りかかる愛と金太郎。
「まったく、びっくりしたよ。まあ酔っぱらって、そこら辺の道端で寝ているのは全然珍しくないけど。ふらついていたと思ったら、急にシャキッとしちゃって、どっかすっ飛んでいっちまったからさあ。……そうか、昨日が恵理ちゃんの誕生日だったか」
「うん」
愛はさびしげな表情で小さくうなずいた。
「愛ちゃん、覚えているか? 小さい頃、二人の誕生日には必ず店に来て大好きなエビチリ食べて、エビの大きさでいつも喧嘩してさ。杏仁豆腐が出てくる頃にはすっかり仲直りしていて。ほんと可愛かったなあ」
「あの頃は毎日が楽しくって。私の人生で一番幸せな時だったかもしれない。私、独りになっちゃった……」
「そんなこと無いだろう。俺だっているし、たくさん友達だっているじゃないか。おまえさんのまん丸くて太陽みたいな笑顔にはみんな救われているんだ。だから、みんないつも愛ちゃんのことは心配しているし、幸せでいて欲しいって本気で思っているんだよ」
「ありがとう、金ちゃん。そうだよね、私独りじゃないよね。ごめんね、情けないこと言っちゃって」
「そうだよ。愛ちゃんらしくないぜ」
「そういえば、私最近、本気で笑ったことなんて無かった気がする。金ちゃん、私頑張るよ。そして、笑顔を取り戻すためにも、やっぱり犯人をこの手で捕まえてやる。私は必ずそいつを見つけ出して、罪を償わせてやるわ」
「おいおい、まだ探偵ごっこ続けるつもりなのか? 危ないから止めなって言っているだろう。気持ちはわかるけど、そういうのは警察に任せておくしかないんだよ」
「大丈夫だよ。慎重に行動するし、いざとなればこれがあるし」
彼女はピンク色のバッグパックから徐にテーザーガンを取り出した。
「そんな物、何考えているんだよ?」
声が上擦る金太郎。
「大丈夫だって。うまいことやってみせるから。それじゃ、これから行くとこあるから、またね」
彼女はそう言うと、彼の頬に軽いキスをしてその場から去っていった。
廊下の先で小さくなる背中を見送りながら、「危ないことするんじゃないぞ」
金太郎が小さく叫んだ。
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