カオフラージュ
3
川崎駅前、本町のラブホテル『アクエリアス』の前は、深夜でしかも雨が降っているというのに、警官と報道人と野次馬でごったがえしていた。このホテルの三階の一室で事件は発生した――カップルで休憩に入った客の一人がベッドの上で胸をナイフで刺され、死亡したのだ。
鑑識員たちがせわしく動き回る殺害現場の部屋の窓際で、一人の女性刑事がじっと立ったまま、外の雨を見つめている。さながら彼女だけが時間の流れの外側にいるかのようだった。
彼女に鑑識員の一人がビニール袋に入った【Achiever】と記された血まみれのカードを差し出した。
「月乃警部、これを」
女性刑事はそれには答えず、あいかわらず窓に顔を向けている――彼女は腰まで届きそうな長く艶のある黒髪に透き通るような白い肌を持ち、まるでスーパーモデルのような体型で、身長は百七十八センチあり、足も長い。顔立ちは西洋人のように鼻が高く、大きく切れ長の瞳はどこか冷淡な感じが漂ういわゆるクールビューティーだ。さらに彼女の優れているのは容姿だけではなく、三十二歳という若さで警部――国家公務員採用試験一種に合格し、警察庁警部補から、交番や警察大学校での研修を経て、最速で昇任している、ということだ。
「雨が激しくなってきた」
遠い目をした彼女がつぶやいた。
「え? 大丈夫ですか、警部」
鑑識員が心配そうに言った。
「例のカードね」
彼女はようやく我に返ったような表情を見せ、袋を受け取った。
「あ、はい。詳しく調べてみないとわかりませんが、おそらくこれまでと同様の物かと」
鑑識員が去ると、彼女は再び窓の向こうに降りしきる雨を見つめた。
「誰かが泣いているのかしら。涙雨。すぐには止みそうもないわね」
そう言うと、彼女は無意識とはいえ自分自身の妙に芝居じみた言い回しに気がついて、苦笑した。
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