新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
彼女がそう言うと、私たちは一瞬で大学時代のアパート近くの小高い丘の上へと移動した――目の前には夢の中の私とチコがいた。すぐに最初の夢に戻ってきたのだと理解した。
「ほら、行って。ちゃんと伝えたいこと伝えておいで」
少女が私の背を押した。すると、私の体が夢の私と重なるように一つになった。驚き、振り返ると彼女はすでに消えていた。隣にいる本物のチコは私の合体には気付いていないようだ。
「人を愛するって、どういうこと? わからない。私には……」
チコが言った。
「(いきなりこの場面かよ……)あの……」私はとにかく何か言葉にしようと思った。「俺、いつの間にか自分のことばかりで、君の気持ちをぜんぜん考えなくなっていた。出会った頃は何をするにも君のために何ができるのか、何をすればいいのか、そればかり考えていたのに。君のことが何より大切だったのに……二人で生きていたはずなのに、知らぬ間に自分一人の気持ちしか見えなくなっていて……君を傷つけてしまった。全力で君を守り抜くと誓ったのに、結局裏切ってしまって……ごめんね」
「私だって、ワガママなところはあったと思う。それはお互い様だよ。だって、二人ともまるで子どもだったもん。あんなのままごと遊びだよ……私たちには大人の恋愛はまだ早かったのかもね」
涙を浮かべた彼女が見せた最後の笑顔は悲しみの影を落としていたが、とてもきれいだった。次の瞬間、私は再びバベルの図書館へと戻っていた。
「どうだった?」
まだ少女の姿のままの彼女が言った。
「おかげさまで、モヤモヤしていた、わだかまりの正体がわかりました。私はずっと、自分の思いを伝えて彼女に素直に謝りたかったのです。あのときはそんな余裕がなくて言葉にできませんでした。けど、それが今まで心の奥に引っかかっていたのですね。彼女を目の前にしたら、自然と言葉が溢れ出してきました。ああ、私はこれがしたかったのだなあと、そのとき感じました」
「それが、本当の答えね」
彼女は言った。
「あ、そうですね」
私は笑顔で頷いた。
「それじゃ、解答編はこれでお開きだね。なかなか楽しかったよ。後はラファロさん、よろしく。また会いましょう。バイバイ」
最後まで彼女は少女の姿のままだった。
それから、ガブリエルに礼を言ったあと、私とラファロは彼の書庫へと戻った。
「しかし、彼女は……あの少女は本当に神様だったのかな?」私は照れを隠すように冗談めかして言った。
「はい。間違いありません。そしてあの方は「本の人」です。さらに言えば、ククルカンでもあり、ケツァルコアトルでもあり、時には少女であったりもします」
ラファロは至極当然といった顔で答えた。
私は思わず、笑ってしまった。
「どうかされましたか?」
彼がとまどった表情を見せる。
「そのさらっとした言い方、最高だよ」
「はあ……」
「いや、ごめん、ごめん。君にも大変お世話になったね。もうお別れかと思うと寂しくなるよ」
「同感です」
「ところでさ、下界に戻ったら、やっぱりここでのことは全部忘れてしまうの?」
「はい」
「やっぱり。そうか……でも、少しは覚えているなんてこともないの?」
「仮にあっても、夢の断片として認識されます」
「現実にあったことだとはわからないわけだ」
「はい。下界において、天国は現実の存在ではありませんから。それがルールですから」
「そうか」
「けれど、いつの日かあなたが天寿を全うされ、正式に天に召されたそのときはすべて思い出しますよ」
「そうなの?」
「はい」
「それじゃ、また会えるんだ、俺たち」
「はい」
「そうか。それなら、いいか。それじゃ、帰るかな」
「はい。それではまた」
「おお。でも、すぐには戻って来たくないかな……あのさ、ひょっとして、俺がいつ死ぬとか知っているの?」
「いえ」
「そうか。ていうか、知っているって言われても、絶対聞きたくはないけどね。よし、今度こそ帰ろうか。あれ? ところでどうやって帰るんだ?」
次の瞬間、私はまばゆいほどのフラッシュに包まれた。
0コメント