新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
15
「まず、『ポポル・ブフ』はラファロさんの言うとおり本の名前だよ。正式な名称は『ポップ・ブフ』だけどね。「ポッポ」は時間、「ブフ」は本という意味よ。この図書館にはもちろん、原本があるけれど、下界では十八世紀初頭にドミニコ会の修道士が転写した、手稿本が残っているわ。それと、これを始めてちゃんとした本にしたのはフランスの宣教師、シャルル・エティアン・ブラシュール・ドゥ・ブールブールよ。ちなみにこの人が「ポッポ」の発音がかっこ悪いとか言って、勝手に語尾にLの文字を付け足しちゃったから、『ポポル・ブフ』になっちゃったの。で、本の内容はマヤの神話について書かれているものなのだけれど。それが、おじさんの夢とおじさんがここに来たことと、どう繋がっているのか? 謎でしょう?」
彼女はいたずらっぽい表情を浮かべて、私を見つめた。
「ぜんぜん、わかりません。難しすぎて、何のことやら、さっぱりです」
私はすがりつくように言った。
「確かにここから先は難しいから、私が答えを言っちゃうね。というか、それならば、初めからこうすれば良かったと言われそうだけれど、それじゃ面白くないじゃない?」
「はあ……」
「とにかく、私は前におじさんの夢の中に四つのキーワードを見つけたって言ったよね」
「はい。トカゲとトウモロコシとハゲワシ。それから、魚です」
「それ。マヤの創造神ククルカンが司る四元素にそれらの物は対応しているの。そして、ククルカンはアステカ文明ではケツァルコアトルと呼ばれている翼竜で、その姿は北欧神話に出てくるヨルムンガンドや古代ギリシャからの象徴、ウロボロスなんかと同じで自分のしっぽを噛んでいるものなの」
「ウロボロス?」
「ウロボロスはドラゴンや蛇が自分のしっぽを呑みこむ姿で、ヨルムンガンドは毒蛇が同じ恰好をしているの。そしてこれらが象徴するものはすべて、永遠の循環性や死と再生の繰り返しといったものなの。つまり、人の魂の旅路、そのものと言えるわね。おじさんはククルカンの四元素の象徴を続けざまに夢に見た。これが原因ね。どうやら、それで呪いのようなものが発動しちゃったみたいだから。つまりもし、私が放っておいたら、私があなたを夢からここへと呼びこまなかったら……」
「それじゃ、やはりあなたが私を……」
「ええ、そうよ。感謝してよね。あのままだったら、永遠に夢の中から抜け出せなくなっていたところよ。だけど結局、シバルバーへ連れて行かれるところだったから、少しあせちゃったけど。てへぺろ(・ω<)」
「シバルバー?」
「冥界よ。そうねえ、地獄と言った方がいいかしら? いやだわ。さっきあなたたちを助けたあの場所のことよ。いろいろな部屋でひどい目に会っていたでしょう」
「ああ……あそこは地獄だったのですか?」
「そうよ。まだ入り口だったけれどね。それこそ、『ポポル・ブフ』にも描かれている場所よ。恐らくは冥界の神が情報屋さんに化けて、あなたたちをあそこへと引き入れたのね」
「ああ、やはりそうでしたか」
「おじさんの夢に呪いのキーワードを忍ばせたのも、冥界の神々の仕業。おじさんが狙われたその理由はよくわからないけどね。まあ、たまたま運悪くってことなんじゃない? でも、二人ともよく私が助けに行くまで持ち堪えたわね。あなたたちと別れた後も、もちろん、私は離れた場所であなたたちのことは見守っていたのだけれど、恐らくは冥界の神々の邪魔が入ったせいで、情報屋さんが連れ出した後は見失っていたのよ。だから、助け出すのに遅れちゃったの。ごめんなさい」
「そんな滅相もないです。ちゃんと助けていただきました。あ、そういえばきちんとお礼を言っていませんでした。遅ればせながらですが、本当にありがとうございました」
「そう? なら、よかったわ。でも本当にあなたたちが頑張ってくれたおかげよ」
「いえいえ。でも二つ目の剣の部屋は最初、抜け出せる道がわからずに、あきらめかけたのですが……あれ、(辺りを見回して)うさぎがいない?」
「ああ、うさぎね。それもマヤの神話に出てくるわ。神の使いってやつね。ということは私が遣わしたってことなのかしら? まあ私もいろいろなところで、いろいろとやっているから、いちいち細かいことは覚えていないけどね」
「はあ……」
「それでどうだった? 謎解きの旅は? 途中予期せぬハプニングもあったけれど、楽しかった?」
「はい。初めはものすごく不安で、とまどうことばかりでしたが、今振り返ってみると、とても楽しかったです。ありがとうございました」
「よかった。これで私も満足だわ。でもね、今回のことは元はといえば、おじさんの未練タラタラの思いが原因なのよ」
「え?」
「チコちゃんのことが今も忘れられないんでしょ? もう昔のことなのに。だから夢なんか見るのよ。そうねえ、そこらへんのなんかウジウジした感じに冥界の神々が付け入る隙が生まれたのかもね」
「いや、それは……その何というか……」
「あーもう、じれったいなあ」
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