新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
14
ドアを開き一歩踏み出すと、そこに道は無く、私の身体は真下へとそのまま落ちていきそうになったが、すんでのところで、ラファロが私の腕を掴み、助けてくれた。
「びっくりした。ありがとう、助かったよ」
彼に引っ張り上げてもらいながら、下を覗きこむと、それは背筋が凍るほどの恐ろしい光景だった。華道で、花を生ける際に花を倒れさせないために使用する剣山という道具があるが、あれはにせものだと言わざるを得ない。なぜなら、私の目の前には今、何千本もの本物の剣が突き立つ山が広がっているのだから。
「どうする? こんなところ、どうやっても進んでいけないだろう?」私の声は少し震えていた。
「困りましたね。ドアはこの一枚しかありませんからね」
「インディジョーンズのこういう場面ではトリックアートみたいな形で道が隠されていたけどなあ」私はそう言いながら、しゃがみこんで、恐る恐るドアの向こうの宙に手を伸ばしてみたが、触れるものは無かった。あきらめて立ち上がると、いつの間にか私の足元に一匹の白いうさぎがいた。
「あれ、どこから来たんだ?」
うさぎは不意にドアの向こう側へと飛び跳ねて行った。
「あ!」
私たちが驚きの声を上げる目の前で、うさぎは空中に着地した。私はすぐさま、目を凝らして辺りを見回した。そして、それを見つけた――道だ! トリックアートではなく、風景に溶け込むように、透明な板のようものでできた道があった。そしてその先、遠く離れた反対側には小さく一枚のドアが見えた。
「道はあったが、一メートルほど先だ。しかも、よく見えない。あのうさぎを目がけて跳ぶしかない」
「助かりましたね」
ラファロはそう言うと、尻込みする私を横目に何でもないことのように、あっさりとジャンプして、向こう側へと移動した。
「おい、マジかよ」
「おや、どうしました?」
ラファロの天然っぽい表情がこちらを見つめている。
「何でもないよ!」
むかついた私は怒りにまかせて、歯を食いしばり、下を見ないようにしながら、思い切り助走をつけて跳んだ。が、空中でやはり下を見てしまった。その瞬間、身体に緊張が走り、変な力が入ってしまった。すると、着地の際、バランスを崩してまたしても落下しそうになったが、今回もラファロが助けてくれた。
「ありがとう。助かったよ」
「気を付けてください。この道はかなり狭いようです。しかも、向こう側へはかなりの距離があります。気を抜いていると、常に落ちてしまう危険性があります」
「わかった。慎重に行こう」
ラファロの言う通り、道幅はかなり狭かった。アクリル板のような透明な道が透けて、数十メートル下には数えきれないほどの剣の山が獲物を待ち構え、その切っ先を光らせているのが見えた。私は恐怖のあまり、立ちすくんだ。だが、もう引き返せない。私は覚悟を決め、恐る恐る一歩ずつ歩き始めた。
それから、私たち天使と人間とうさぎの一行は長い時間をかけ、ゆっくりと道を渡り切り、反対側のドアへと辿りついた。かなり緊張して、力んで歩いたせいか、腿の裏側の筋肉が引き攣るように痛かった。
「ようやく着いたな。でも、けっこう疲れちゃったよ。この先もまたこんな感じだったら、どうしよう。もう限界だよ」
「ではここでしばらく休んでから行きましょうか?」
「いや、それはそれで嫌だ。ここにはもう居たくない。次、行こう」
三枚目のドアを抜けると、そこは氷の国だった。しかも、ものすごい吹雪で、Tシャツ一枚の私はすぐにも凍え死にそうになった。
降り続く大粒の雪が顔や身体に突き刺さるように叩きつけられ、見る見るうちに体温が奪われていった。急速に体力も失いつつある。さらにその視界の悪さから距離感もつかめずにただ闇雲にまっすぐ歩き続けるしかなく、早くも絶望感に包まれていた。すると、いきなり雷のような轟きが辺り一面に響き渡った。
「何だ、今の音は? この吹雪の中、雷なんかが落ちたりしないよな?」
私は前を行く、ラファロに聴こえるように大声で叫ぶように言った。
「いったい何事でしょうか?」
と彼も叫びながら、答えた。
次の瞬間、私の目の前を黒く大きなものが横切った。驚いた私はその場に尻もちをついた。
「今度は何だよ?」吹雪に隠れて、その姿をはっきりとは視認できないが、私は目の前のその黒い影が獰猛な息づかいをしていることに気付いた。「獣だ……」
急いで立ち上がり、逃げようとしたが、獣の動きは素早く、正面からタックルするように襲い掛かり、私に覆いかぶさるようにのしかかってきた。もがきながら、見上げると、その黒い影の正体は――ジャガーだった。そして鋭い牙を剥き、私の首元にまさに齧り付こうとしたそのとき、突然嘘のように吹雪は止み、ジャガーは剥製のように大きな口を開いたまま、私の上で固まってしまった。
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