新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
11
元霊能者のコンドミアムに戻ると、彼女は天使に向かい、開口一番「メモ帳」と言った。
「ああ、そうですね。うっかりしていました」彼はブレザーの胸ポケットから、メモ帳を取出し、ページをめくった。「ありました。なぜ、こんな大事なことを忘れていたのでしょう」
「いいから、何て書いてある」
私はせかすように言った。
「あ、すいません。ええと、爬虫類の形をした雲、大きな鳥、魚、香ばしい匂い。おそらくあの方が仰っていたキーワードとはこの四つのことだと思われます」
「でも何のことだか、さっぱりだ」
「私がもう一度霊視してみましょう」
私たちの心情を汲み取るように、彼女が言った。
再び三人でソファに並ぶと、彼女は目を閉じ霊視を始めた。
「どこかの小高い丘の上、男の人と女の人がいるわ……何かを話している……」
「それ、最初の夢だ」と私は言った。「その二人は俺と元嫁だな」
「あなた何だかとても悲しげな表情をしているわ」目を閉じたまま、彼女は言った。「何か本当の気持ちが伝えきれていないようなそんな目をしている」
「え?」
私は一瞬のうちに、夢の中であのとき胸に湧き上がったわだかまりのようなものを再び感じたが、なぜかそのことを読み取られないように平静を取り繕い、彼女に話を続けるように促した。
「ええと、そうね。雲だったわね……何? 何なのあの形は? トカゲかしら?」彼女はここでいったん目を開くと、一息つき、天使にトカゲをメモするように指示した。そして、少しの間をおいて、再び目を閉じた。「今度はどこか、大きな遊園地ね……あなたたち二人は観覧車の目の前にいるわ」
「八木山ベニーランド」
と私は言った。
「何か素敵な音楽が流れている。屋台があるわ……いい匂い……香ばしい香り……トウモロコシね」
そう言って目をゆっくりと開けると、彼女は私を黙って見つめた。それから、しばらくそのままの状態が続いた。
「どうしたんですか?」
心配した天使が彼女に声をかけた。
「あなたは過去のことはすっかり忘れたと言っているけれど、本当は何一つ忘れられずにいるのね……だけど、あなたはそれを自分に許さない。だから、苦しんでいるのよ。もっと、気持ちに素直になりなさい」
彼女は私の手を両手で包み込んだ。
私は慌てて、その手を振りほどいた。それから、「ちょっとトイレ」そう言いながら、席を離れた。
トイレの個室で便座に座り、彼女の言葉の意味を考えてみた。彼女が言うほどのはっきりとした自覚は無かったのだが、言われてみると妙に納得のいく話だった。だが、やはりそれを認めてしまうには抵抗があった。
席に戻ると私は今はキーワードを探ることが最優先事項だと言った。
彼女は了解したのか、黙ってうなずき、霊視を再開した。
「今度は……どこか、外国ね」
「ニューヨーク」
私は答える。
「そう……あなたたちが見える。ん? あなたが席を立ったわ。なるほど、トイレに行くのね……目の前に大きな人……あ、彼のTシャツ、赤色……胸に書いてある文字……Old World vulture なるほど、ハゲワシね」三度目を開けた彼女は首を傾げた。「しかし、それにしてもこんなにもはっきりといろいろなことが見えるなんて、何だか不思議だわ」
「もしかしたら、ですが……」
天使が言いかけると、
「なるほど、あの方の力添えがあるってわけね」彼女がすべてを察したように頷いた。それからソファを立ち上がり、軽くストレッチをすると「さて、それじゃ最後ね」そう言って再びソファに身を沈め、静かに目を閉じた。
「港町」
「石巻。俺の故郷」
「この臭い……魚ね。これはそのままって感じね」彼女は最後の霊視を終えた。「さあ、これで全部出揃ったわね」
「トカゲ、トウモロコシ、ハゲワシ、そして魚。この四つが、本当のキーワードなのですね」
メモを取りながら、確認するように天使が言った。
「だけど、はっきり言ってこれじゃ、何もわからないな。「本の人」はキーワードがわかったら、答えはすぐに出るみたいなこと言っていたけれど」
私はため息を漏らした。
「メモ帳貸して!」
突然、彼女が大きな声を出した。天使からメモ帳を受け取ると、何かを黙々と書き始めた。そして、書き終えると、そのページを私たちの目の前に掲げて見せた。そこには15、8、15、8、116、92、1/118と何やら分数のようなものが書いてあった。「突然、頭の中に現れたのよ。オートマティスム(自動筆記)なんて初めてよ!」
彼女は興奮気味に言った。
「でも、これはいったい何だ?」
私は戸惑いの声をあげた。
「それは全部で百十八個あって、分子にあたる部分の数字はそれぞれ、その中での番号ってことみたいね」
彼女が言った。
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