新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
「チコだよ」
前を走る少女が振り返り、笑った。
私は驚きのあまり、むせてしまった――チコというのは元嫁の愛称だ。頭の中が真っ白になった。
「あ、着いたよ」
少女の声に我に返り、足を止めた。
公園を離れ、ここがニューヨークなら、ロウアーマンハッタンのウォール・ストリートの位置ぐらいにある通りに来ていた。かなりの距離を走ったと思うが、さすが天国というべきか、運動不足の私が、汗もかかずに、さらには息切れさえしていなかった。まさに奇跡だ――目の前にはシシカバブの屋台があった。
それから私たち三人は食べ歩きしながら、どこへ向かうということもなく、街中をぶらぶらした。そのうちいつの間にか、最初に訪れたチャイナタウンもどきへと戻ってきた。すると、彼女が今度は肉まんを食べたいと言い出した。なりゆきというのもあるが、気になることがある私としては彼女から離れるわけにもいかず、付き合うことにした。
結局そのあと、巨大なマンハッタン市営ビルの代わりに聳え立つ、オレイカルコス神殿――パンテオンというよりは、グラズヘイムといった感じの金色に輝く、豪華な宮殿だった(これじゃ、古代ローマというより、ヴァルハラだろう)を見学したり、公園に戻り、その先にある港からフェリーに乗り、ある島へ行き、自由の女神もどきの像の中を見物したりして、とにかく遊び回った。だがその間、私の頭の中は最悪の考えでいっぱいだった。もし、彼女が想像どおりの存在なら、あるいは彼女が私と同じくここに何かの間違いで迷いこんでしまったのでなければ……認めたくはない考えがぐるぐると巡っていた。
私たちを乗せた船が、港へと戻ってきた。
「とても楽しかった。ありがとう」
公園へ戻ると、微笑みながら、少女が言った。「それじゃ、お礼にそろそろ私の正体を明かしちゃおうかな」
「え?」
彼女の意外な言葉に思わず、私と天使は一緒に驚きの声を上げた。
「最初に言っちゃうと、私は本物のチコちゃんじゃないよ」少女はいたずらっぽい表情で、舌を出した。「おじさんたちが追っている謎にヒントをあげる人だよ」
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