新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
9
マンハッタンにそっくりなこの街はやはり、島の上にあった。島は西に一本、東に二本の川に挟まれ、両サイドの対岸には本土というのか、陸があり、とにかくそこにはそれぞれに大きな街が見える。彼女が霊視してくれたキャノンボール・パークは島の南端の、マンハッタンでいうところのバッテリー・パークの位置にあり(名前まで似ている)、マンションのあるチャイナタウンもどきからは歩いていける距離にあった。雨は上がっていたので、ゆっくりと歩きながら、あらためて街並みを眺めると、自分がかつて訪れた時のニューヨークのイメージそのものなのだと確信した。しかし、繰り返しになるが、ソウルはそれぞれに違ったイメージを持っていて、それを自分の好きなように形にしているということだが、それではオレイカルコスはどうだ? みんながみんな、私と同じようにマンハッタンのイメージではないはずだ。それこそ、神殿の街というからには、古代ローマの都のようなイメージがあってもいいはずだ。だがしかし、ここは地形的に言って、マンハッタン島に酷似しているし、その一角の地名のネーミングでさえ、もじった感じのものだ。それでは、ここを他の場所にイメージしている人たちとの整合性が取れないと思うのだが、私はまた天使にそのまま疑問をぶつけた。「ああ、それは……似たようなイメージを持つソウルは惹かれあうように同じ場所に集まるものなのです」そよ風のようにさらりと、天使は答えた。「つまり、オレイカルコスという街自体は一つしかないのですが、同時にその姿はイメージの数だけ存在します。そうですね。何層もの生地が重なり合っているミルクレープのようなものですね。私たちは今、オレイカルコスをマンハッタンにイメージするソウルたちが集まる層にいるのです」
ちょっと腑に落ちない気がしたが、なんとなく、それもありえるだろうとも思えた。いや、そもそもここでは何でもありなのだ。気がつくといつの間にか、私はこの世界のことを夢ではなく、真実であると信じていた。というか受け入れていたのだ。
とりあえず、元霊能力者で、今やソウルとなった女性の言葉に従えば、私たちはここで重要な誰かと出会う(しかも、逢えばそれだとわかるらしい)ということなので、その誰ともわからない人物を探すことにした。
キャノンボール・パークは公共公園だが、元は島を守るための砲台があった場所のため、その名残の城がある――というか、これはまんまバッテリー・パークのことであるが、ほんとうにそっくりだ。そのままだ。私たちは公園内の北側に建つ、その砂岩の砦を背に埠頭の方へと歩き出した。
「確か焼きたてのプリッツエルに鳩ということでしたが、いったいどういう意味なのでしょう?」
メモを見ながら、天使が言った。
「それなら、あれだ」
私は目の前の屋台を指差した。それから、そこでプリッツエルを一袋買うと、(ちなみにこの世界ではお金はイメージするだけで、いくらでも生み出せるが、そこには下界のような価値は当然、ありはしない。ソウルには物を売ったり買ったり、食べたり飲んだり、それから電車や車を利用すること、それらのことは実際には必要のないことなのだが、そういう生前に当たり前に行っていた行為を再現することに楽しみというか意味があるらしい)私はそれを鳩に投げ与えた。
「どういうことですか?」
天使が尋ねる。
「さあね。ただ、なんとなく」
天使の方を向いてそう答えながら、プリッツエルを投げると、
「イテッ」
と少女の可愛らしい声がした。
驚き振り返ると、そこにはあきらかに日本人と思える容姿をした少女がおでこをさすりながら、立っていた。しかも、どこかで会ったことがあるような気がした。十歳ぐらいで、黒髪のワンカールしたナチュラルスタイルのボブカットに、丸い顔に大きなくりっとした瞳が印象的な美少女だ。服装は小学生女子らしく、ピンクのトレーナーにデニムのミニスカート、そして白のスニーカーだ。
「痛いよ」
少女が言った。
「ごめんね」
謝ると、彼女はいきなり私の手を取り、走り出した。
「ただ謝ってもダメだよ。もっと誠意を見せてくれないと」
手を握ったまま彼女は私を引きずるようにして走ってゆく。
「ちょ、ちょっと待って」
訳がわからず、それでも彼女についてゆく私。その後を天使も追いかける。
「シシカバブで許してあげる」
彼女はそう言うと、声を立てて笑った。
そこで、思い出した。どこかで会ったのではない。見たことがあったのだ。元嫁の古いアルバムの中で。この年齢の彼女に会ったことはなかったが、面影はある。彼女は私の元嫁の少女時代の姿だ。
「君は……誰なんだ?」
少女に尋ねる私の声は少し震えていた。
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