新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~


 駅に着き、改札を抜け、街へ出ると私は少なからず驚いた。最初、神殿の街と聞いて思い浮かべたのは古代ローマのアテナイのようにアクロポリスの上にいくつもの神殿が建ち並ぶ、それっぽいものだった(三陸海岸もどきの景色の中を走ってきたこと自体、違和感があるといえば、あるのだが)が、実際にはニューヨークの街並みを思い出させる都会の風景だった。おまけに雨が降っていた。

 マンハッタンのチャイナタウンを彷彿とさせる通りへと私たちは初めてテレポートで移動した。(この街ではテレポートは可能らしい。しかし、よく考えてみれば瞬間移動とはどういうことだ? そもそもこの世界とは魂の世界で、物質の世界ではないということだ。なら、ここは何次元なのだ? この世界における時間と空間とはいったいどういうものなのだろう?)ふっと湧いて出た疑問ではあったが、どうせ答えを聞いても私には理解できないだろとすぐに考えるのを止めた。

目の前にはこれまたマンハッタンを思わせる――一階部分にはデリや雑貨屋などの店舗があり、上階の住居部分には稲妻のような形の非常階段が張り付いた、古びたアパートやマンションが満員電車の乗客のようにぴったりと身を寄せあっていた。

「ここに、オレイカルコスの情報屋がいるんです」天使は言った。「別に怪しい者ではありませんよ。まあ、彼も同僚ですから」

 瞬間移動も部屋に直接というのは気が引けたのか、目当てのアパートの少し手前に到着した私たちは、雨に濡れながら、入口目指して走り出した――あらためて気がついたのだが、季節というか、そういうものがここにあるとは思えないが、下界でいえば、やはり夏頃と言えるのか、少し蒸し暑かったので、Tシャツ一枚にブルージーンズといったいでたちの私には心地よいシャワーのように感じられた。

「しかし、本当に神殿の街のイメージじゃないなあ」私は目に入り込む雨を拭いながら言った。

「それはおかしいですね」隣を走る天使が答える。「今、あなたに見えているこの世界の風景や街並み、我々天使の姿などはあなたがイメージしているものを反映しているのです」

「そうなの? だとしたら、この街はもっと古代ローマのような感じじゃなきゃならないはずだけどな」

「ここは本来、あなた方の意識の先に存在する場所で、普通ソウルになってここへ戻ってきた者は思う形そのままにいろいろなことを実現するのですが、あなたはまだ生きているわけですから、表層意識が古代ローマで、深層心理ではこういう世界をイメージしていたということなのかもしれません」

「何だかややこしい話だな」

 そう言いながら、私はアパートの入口のドアを開けた。 

 情報屋の事務所があるのはいわゆるコアプと呼ばれる古びた民間分譲アパートで、部屋は四階にあり、スタジオタイプのワンルームだった――ここへ来たのは「本の人」いわば人探し(実際には神様らしいが)の為にやってきたわけだが、そう考えると米国の文学やハリウッド映画、特にニューヨークを舞台にした刑事ものが大好きな私がイメージする世界観のような気がした。

 情報屋と呼ばれる男は、あきらかに白人だが、最近のヒップホップの黒人ミュージシャンのように、Tシャツはアイスクリーム、スカーフはルイヴィトン、ベルトはラルフローレンそれとリーバイスのデニムにナイキのスニーカーといったストリート×モードのファッションに身を固めていた。百平方メートルはある部屋の中央部に二脚置かれた黒の革張りのソファにそれぞれ、情報屋そして向い合せに僕ら二人で腰を下ろした。

「「本の人」ねえ。それはなかなかやっかいだね」背もたれに両手を伸ばし、足を組み、黒人ラッパーのPVにでも出ているかのようにポーズを決める情報屋が勿体付けるように言った。「まあでも、それは並みの情報屋であれば、という話だけれどね。ハハハ」

「彼の安っぽい芝居がかったセリフも俺のイメージが反映したものなのか?」

 情報屋のけたたましい高笑いの中、私は隣の天使に(別に向かいの男に聴こえても良かったのだが)、小声で聞いた。

「さあ、どうですかねえ。まあ、いつもはあれほどおおげさな感じではありませんが元々の彼っぽくもあります」

 同じように天使が小声で返した。

「そうか」

 そう言って、私は大きなため息をついた。

「つまり、それは君ならば「本の人」の居場所を見つけるのはそれほど難しくはないということなのかな?」

 天使がまだ続いていた情報屋の笑い声を押しのけるようにして尋ねた。

「いや、俺には無理だね」彼は一瞬、真顔になり、そう答えたが、すぐにおどけた顔に戻って言った。「だが、それをできる女を知っている」

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マウスでアニメやマンガのキャラクターのイラストや4コママンガを描いています たまに小説も^^

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