新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~


 神殿の街までは専用の汽車を使わねばならなかったが、周りが私の住む仙台の街とほぼ変わらない風景だったので、それはかなり異質なものに見えた――まるでパリの北駅、ガール・デュ・ノールを彷彿とさせる大きな屋根に覆われるプラットホームが歴史的建造物の雰囲気を漂わせる洒落たもので、汽車にいたっては、象牙のような白い車体に金の王冠をイメージした飾りに縁どられる、かのルートヴィッヒ二世の宮廷列車を思わせる豪奢な装飾が施されたものだった。

 私たちが乗り込んだ車両はいわゆるサロン車と呼ばれるもので、王宮の一室がそのまま再現されたようなバロック装飾にびっしりと埋め尽くされた、とても落ち着かない空間だった。自分たちや他の乗客たちの服装を見ても、それはどれもこの場に似つかわしくないチグハグなものであったが、乗客たちはみんな慣れたようにくつろいでいる。汽車が走り出し、ようやく気分が落ち着いてくると、見方を変えれば、自分たちがテーマパークの客みたいに思えた。

「それにしても、紅茶のお話はお見事でしたね」

 と青年が目を丸くして言った。

「ああ、元嫁の受け売りだが、あの上司さんが紅茶好きとはツイていたよ」

 窓に流れる景色を眺めながら、私は答えた。

 汽車は駅からしばらくは高いビルがまるで生茂る木々みたいに建ち並ぶ都会の森を縫うように走っていたが、やがて車窓には海沿いの町に一面に広がる田んぼだらけの田舎風景が顔を出した。

「あり得ないことが次から次へと起こりすぎて、質問が後先になったけれど、君たちはその……つまり、どういう存在なのかな?」私はふいに頭を過ぎった疑問をそのまま口にした。「その……霊的存在というのか、何というのか……」

「そうですね。わかりやすく人間界の認識で言えば、天使と呼ばれる存在ですね」

 好きな色を聞かれて、答えた。とでもいうかのように青年はさらっと言った。

「天使!? そうか……なんとなくそんな感じがしていたような気がしないでもないが。まさか、本物の天使に出会えるなんて。だけど、全然そんな感じに見えないな。だってほら、背中のあれが……」

「翼ですね」青年がすかさず、答えた。「あれは下界に降りるときの為のもので、普段はありません」

「そうか。でも驚きだな。図書館の司書とか言っているものだからさ……あれ? ちょっと待てよ……それじゃ、「本の人」っていうのは、まさか?」

「はい。あなたが思い描いている通りのお方です」

 またしても青年は「今何時?」とでも聞かれたかのようにあっさりとそう答えた。

 汽車は日本三景の松島を思い起させるような、いわゆる島しょと呼ばれる大小いくつもの島が集まる海岸線に差し掛かっていた。

「でも言われてみれば、確かに「本の人」について、君の説明を受けた時、その人何でもありだなって思ったんだ。そのお方は全能者以外の何者でもないってね。ところで、下界には全能者のパラドックスっていう、哲学上の思考実験があるんだけどさ、それは全能者は自分が持ち上げることのできない石を作ることができるかって問題なんだけどね」

「はあ」

 青年改め天使は不敬にあたることを懸念しているのか、とまどいをみせながら、返事した。

「まあ、これにはいろいろな回答があって、どれもこれもが完璧にはこの逆説を解消できていないらしいんだけれど。もちろん俺は学者じゃないし、頭だって良くはないんだけどさ。これは前提条件っていうか、問題自体がありえない感じがするんだよね。だって全能者って言っておいて、そしたらその時点で、その人、いや神様か。とにかくその存在自体が不可能なことなんてありえないってことになるのに、その神が持ち上げることができない石を作るとかメチャクチャ言っているし、だって全能だもの、能力は無限なのだから、石がどんな重さになろうと持ち上げることができないなんて状態が、そもそもありえるはずがないのだから、そんな石なんて存在するわけがないのに。この問題はさ、できないこともできるのが、ありえないものも存在させるのが全能でしょ、でも矛盾が生まれちゃうよねって言っているんだけど――なんかやっぱり、これってさ、牽強付会な気がするんだよね。ま、ある意味、なぞなぞみたいなものだから、誰もが腑に落ちる、上手なだじゃれめいた答えをお望みなのかもしれないけれどさ、「ぜんのう」には同時にもう一つ別の意味があった。それは……「全NO!」とかね」

「難しい話は私にも分かりませんが、あの方に偉大な力があることは確かです」

 天使はそう言うと、小さく微笑み、車窓へ目を移すと、それから駅に着くまで一言も話さなかった。こちらとしては、間をつなぐための軽いジョークのつもりだったのだが、思いのほか、彼には重たい話だったのかもしれない。

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マウスでアニメやマンガのキャラクターのイラストや4コママンガを描いています たまに小説も^^

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