新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~
重役室と思われるそのオフィスはまさにイメージ通りのものだったが――部屋の奥に置かれた大きな高級そうな木製デスクの向こうには、少女マンガから抜け出してきたような、サラサラのブロンドの長髪に、彫りの深い整った顔立ちで、さらに長身でスラっとした体形からはどこか気品さえ感じられる男が待っていた――服装はやはりというべきか、アメリカン・トラッドで、濃紺の三つボタンジャケットに、白いシャツ、ネクタイは薄い紺の無地で、ボトムスはカーキ色のチノパン。いわゆるジャケパンスタイルで、足元は隠れていて見えないが恐らくはコインローファーかウィングチップだろう。彼は私たちを部屋の真ん中に置かれた革張りのソファへと招いた。腰を下ろすと、目の間にはガラスのテーブルがあり、その上に置かれたティーポットとソーサー付きのカップには淹れたばかりのミルクティーの湯気が漂っていた。
「――なるほど。そういうわけですか」デスクの向こうで一面ガラス張りの窓の前に立ち我々に背を向け、紅茶を啜りながらその上司は言った。「それにしても、下界からの来訪者とは……あの方の大いなる意志のなせる業でしょうか……しかし、ここは私の管轄。すべての権限は私に一任されています」
男は振り返り、涼しげな眼で私を品定めするように視線を走らせると、軽く咳払いし、話を続けた。「失礼ですが、あなたのような得体の知れない方をオレイカルコスに入れることに私はいささか抵抗を感じます」
「ですが」青年が立ち上がった。「やはりこれはあの方の大いなる意志の導きによるものなのではないでしょうか?」
「しかしながら、確証があるわけではないのでしょう。確かに、このようなことは過去にもありましたが、そのすべてが、あの方の大いなる意志によるものと断言できるものではありません」
「ですから、あの方に直接お会いしてそれを確かめたいのです」
「はたして、本当にあの方と出会えるでしょうか? それがそもそも私には難しいことに思えるのですが……」
二人の議論は白熱していたが、私は割と冷静だった。決して他人事ではないのだけれど、単純に何を言えばいいのかわからなかったのだ。それでなんとなく部屋を見渡していると、右の壁側にあるスチール製の大型のキャビネットのたくさんの書類の中に紛れて、紅茶に関する本が数冊あることに気が付いた。
「それにしてもおいしい紅茶ですね」私は優雅な手つきで徐にティーカップとソーサーを持ち上げながら、一口啜った。「ほのかにマスカットの香り。いわゆるマスカテルフレーバーですね。ということはダージリンのセカンドフラッシュですね」
虚をつかれたように、上司が目を丸くしてこちらを見ている。
デスクの上に砂時計が置かれているのを目ざとく見つけ出した私はティーポットの中を確認して、さらに話を続ける。「この茶葉の開き具合から言って、しっかりとジャンピングしていますね。つまり、新鮮な汲みたての水を沸騰させているということです。なので、この熱湯はたくさんの空気を含んでいる。ジャンピングに空気は欠かせないですからねえ。ま、おいしい紅茶にジャンピングが必要か否かは意見の分かれるところではありますけれど」
「いや、ジャンピングは絶対に必要です」
上司はデスクの向こうから身を乗り出すようにして鼻息荒く言った。
「そうですよね。茶葉がちゃんと上下に対流することによって、本来の味や香りが引き出されるのですよね」
「そうです。その通りです!」上司は興奮の面持ちで大きく頷いた。「いやあ、あなたは紅茶のことをよくわかっていますね」
突然の展開に青年は呆気にとられたような表情を見せている。
「わかりました。オレイカルコスへの入場を許可します。紅茶好きに悪い人はいません」
冗談みたいな理由で、上司はころっと意見を変えた
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