新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~


「でも、さっき担当以外の書庫の本については、分からないとか言ってなかったか? 他の司書さんで大丈夫なの?」

「まあ、そうなのですが、下界からのアクセスが滅多にない階もたくさんありますので、大丈夫です」

 つまり、君の担当がそれなのね。私は心の中で合点した。

 私たちは再び『バベルの図書館』に戻ると、手掛かりとして、前に「本の人」に会ったことがあるという他の司書のもとを訪ねた――彼女は青年が欧米人のような風貌をしているのとは対照的に、身近に感じられるアジア人のようだった。背丈は小さく、幼い顔立ちで、クリクリとした丸い瞳が印象的だが、実際には青年よりもかなり年上らしい。ここの制服なのか、彼女もまた青年と同様にアイビー・ルックで紺のブレザーに赤色のベスト、襟元白の水色クレリックシャツに赤色のタータンチェックの巻きスカートに黒のコインローファーという恰好だった。ちなみにここへは――先ほどとは違う階にあるのだが、やはりチューブを使って、移動してきた。入るときに青年が階数のようなものを口にしたような気もするが、まったく仕組みがわからない。

「そうねえ。あの方にはしばらくお会いしてないわねえ……下界時間で言えば、西暦一九〇二年の一月三日午前一時八分二秒以来会っていないのだから、ええと……今が、西暦二〇一五年の五月三十一日の午後三時十九分十五秒だから、四万一千四

百二十一日と十四時間と十一分と十三秒、秒数換算なら、三十五億七千八百八十二万五千四百七十三秒会っていないことになるわねえ」

 彼女は本棚の前をたくさんの本を両手で抱え、ちょこまかと移動しながら、とてもユニークな答え方をした。

「最後に会われたのはどこですか?」

 青年はそのことには触れずに、さらっとした表情で尋ねる。

「神殿の街、オレイカルコスよ」

 彼女は一瞬足を止め、そう答えると再び回遊魚のようにせわしなく動き始めた。

青年と私は彼の担当する書庫へと戻った。

「さっきのあれってジョークなのか?」

「え? 何のことを仰っているのですか?」

 突然の私の問いに驚いたように青年が答える。

「いや、だからさっきあの人が言っていた、年数のこととか、秒にすると何十億秒だとか、そういうの」

「ああ、あれですか」

「あれってデタラメな数字、言ったんだろう」

「いえ、それはありません。彼女が口にする数字はいつでも正確です。彼女は数字に強いのです」

「そうなのか? だとしたら、すごいな」

「ええ、確かに。しかし、それよりも一つ困ったことがあります」眉間にしわを寄せ、彼が言った。「先ほどここでは思っただけで一瞬のうちに移動することが、可能だと言いましたが、唯一例外の場所があります。それが、神殿のある街、オレイカルコスです」

「なるほど。それじゃあ、どうする?」

「移動自体はさほど難しいことではありません。汽車を使えばいいのです。ただ、長時間の移動になるので、その間ここを空けることになります。もちろん、他の司書にここの管理もお願いすれば、いいのですが。それだけではダメで、上司の許可が必要になります。ただ、その上司というのが少し、気難しい人で……その……」

「よし、とにかくその上司さんとやらに掛け合おうぜ」

 私たちは先ほどとは違うチューブから、図書館を出て、天国へと向かった。今度は自分の世界に戻ってきたのかと思える――例えて言うならば、仙台の駅前、西口方面に広がる街並みのような景色があった。テレポートが可能だと言うが、目の前には大きなバスプールがあり、幾台ものバスやタクシーが列をなして並び、その前にはまっすぐに伸びる道路を挟んでたくさんのビルや商業施設が建ち並び、歩道には人が溢れかえっている。ここでは空も青色をしていた。私はその光景に安心感を覚え、気分が高揚した。青年は目的の場所は近いからテレポートなしで歩いていこうと言った。実は瞬間移動にはある程度のエネルギーが必要で、さほどではないにしろ、無駄に使いたくはないらしく、申し訳なさそうに言った。だが、私にしてもそれ以外の選択支はありえなかった――目の前の街を歩きたかったのだ。ひょっとしたら、軽いホームシックならぬ下界シックなのかもしれない。しかし、予想に反して目的のビルは近くにあり、それほどの距離は歩けなかった。

 上司のオフィスは三十階建のビルの最上階にあり、エレベーターでそこへ向かった。外観もそうだが、建物内部もよく見慣れた感じの一般的なオフィスビルで、それこそ本当にここは天国なのだろうか? そんなことを考えているうちにいつのまにか目の前にはその上司がいた。

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