新生喜劇~LA RENASCITA COMMEDIA~


 場所を変えて、話が聞きたいということで、私は青年に連れられ、図書館の外にあるという天国へと移動した――ちなみに隙間なく本棚がぐるりと配置された、階段もドアもない部屋から、どうやって私たちが外へ出たのかといえば、なんのことはない、本棚が可動する仕掛け扉のようなものが施されていたのである。そしてその先には六角形の書庫をぐるりと取り囲むように、円形の通路があり、東西南北に一か所ずつ、ウォータースライダーのような透明なチューブが備え付けてあった。私たちはその中に身を入れると、どういう仕組みなのかは知らないが、いわばテレポートのように一瞬で外へと移動することができた。  

私は出てきたばかりの建物を振り返り見上げると、それは円形の塔のようなものだったが、その高さは天を貫き、いやそれ以上にそれすらはるかに越えて、永遠に伸び続けているようだった。そしてその空といえば、やわらかな金色の光に包まれたとてつもなく巨大な空間で、その下には、これまた永遠に続くかと思われるほどの緑の平原が広がっていた。さらに、その真ん中に白い道があり、私たちはそこをひたすらまっすぐに歩き始めた――かなりの距離を歩いて、いい加減に飽き飽きしてきたところで、急に前を行く青年が道を逸れ、草むらの中へとずんずん分け入っていった。背丈ほどの草をかきわけながら、遅れまいと私は必死に後を追った。すると、突然に草の迷宮は途切れ、目の前に開けた場所が現れた――そこには日曜の夜に何度も聴いたCMソングと共に想起される、例のあの「気になる木」か、と思えるほどのどでかい樹が聳えていた――巨人が両手を広げたような立派な枝振りと、そこに生茂るまぶしいほどの緑の葉振りに私は圧倒された。

「ここらへんでいいでしょう」と青年が言った。

大樹に目を奪われ、最初は気づかなかったが、目の前にはベンチがちんまりと置かれていた。私たちはそこへ腰を下ろした。

そこから周りの景色を見渡すと、だだっぴろい世界があるだけで、人っこ一人というか私たち以外は存在していなかった。   

ここは本当に天国なのだろうか?

「誰かに会いたいのであれば、一瞬でその場所へと移動できますよ。もっと都会っぽいところがいいのであれば、もちろんそういう場所へも移動できますけれど」またしても、心を見透かすように彼は言った。「でも、こういう場所の方がいいかと思いまして」

「ああ、ここでかまわない」私はそう返事しながら(なら、なぜここまで歩いてきた?)と、心の中で突っ込みを入れた。

「……」

 今回はその心を読み取られることはなかったようだ。

「――なるほど」私の話を聞き終えると、彼は大きくうなずきながら言った。「これは飽くまでも私見ですが、あなたは奥さんと別れたことを未だに後悔されているのではないですか?」

「何を今さら、彼女と別れたのは三年前のことだよ。だいたい、彼女のことを思い出したのだって、本当に久しぶりのことなんだ」

「先ほど、ここにはすべての時が存在すると言いました。それは同時に、あらゆる可能性も存在するという意味です」

「何? 分からない。どういうこと?」

「シュレーディンガーの猫はご存じですか?」

「ああ、あの動物虐待の実験だろう……って、パラレル・ワールドか? ラプラスの悪魔は完全に否定……というか、何でもありだな」

「バベルの図書館には未来だけではなく、過去においても起こりえたすべてのことについて描かれた書物があります。あなたはその書物に描かれた可能性の一つ一つにアクセスできるのかもしれません」

「つまり、俺はあの別れを……過去を変えようとして、いろいろと夢を見ていたって、そう言いたいのか?」

「可能性はあると思います。少なくとも、心情的にはその通りなのではありませんか?」

「いや、違うね。確かに夢にしては妙にリアルだったし、ほとんどの場面が過去の記憶をなぞってはいたけれど。本当にあれはもう終わったことなんだ。今さら、どうしようとも思わないよ」

「そうですか……しかし、いずれにしても、やはり、あなたはあの方にお会いするべきでしょうね」

「「本の人」だっけ?」

「はい。あの方であればすべての謎に答えを出してくれるはずです。ただ、あの方はまさに神出鬼没で、なかなか所在がつかめません。ですから、これから私と一緒に探すことにしましょう」

「いいの? 仕事は?」

「人をお助けするのが我々の仕事ですから。それに、長い時間持ち場を離れる場合は他の司書の助けが必要になりますが、まあ、ここではどこにいようとも思うだけで一瞬の間に移動が可能ですから、問題ないかと」

cocomocacinnamon's Blog

マウスでアニメやマンガのキャラクターのイラストや4コママンガを描いています たまに小説も^^

0コメント

  • 1000 / 1000