カオフラージュ
38
山下公園近くの教会の礼拝堂に愛は親代わりの上野牧師と兄のように慕う金太郎と一緒にいた。
「なんと複雑な……大変な事件に巻き込まれていたのですね」
牧師が驚きの表情を見せながら言った。
「愛ちゃんが無事で本当によかったぜ」
金太郎がおおげさに胸をなでおろすしぐさを見せる。
「本当ですよ」
牧師がうなずく。
「でも、念願だった犯人が見つけられてよかったじゃないか」
金太郎が微笑む。
「うん……初めは私……犯人のことがとても憎かった。できればこの手で殺してやりたいとさえ思っていたわ。ごめんなさい、上野牧師……でも、だけど……彼には死んでほしくなかった。多重人格……それがなんなのかは私にはよくわからない。確かに彼とハルコはまったくの別人格だったかもしれない……けど、少なくとも彼とハルコは同じ一人の人間だった。とにかく人を殺すなんて最低、最悪の罪よ。お姉ちゃんのことは今でもくやしく思う……だけど、その罪を犯してしまう人間っていうのは必ずしも悪人一辺倒とは限らないのかもしれない……だって人はみんなそれぞれに他人にはわからない悲しみや苦しみの中で戦い続けているんだもの。だから、自分に負けちゃ……弱い心に負けちゃダメなんだって、そう思ったの」
「まさに罪を憎んで人を憎まずですね」
牧師が言った。
「それじゃ、後は今を生きている俺たちが、死んでいった人たちの分までもがんばって生きて、そういう悲劇を二度と起こさないように努力し続けてゆくってことだな」
「うん」
金太郎の言葉に愛が笑顔でうなずく。
「お、いい笑顔だね。それだよ、それ」
「しかし、金ちゃんいいこと言いますね」
「でしょう? 牧師様。俺だってね、こう見えて色々と考えて……」
「ごくたまにですけどね」
「え?」
「ハハハ」
愛が大声で笑う。
「ひでぇな…そりゃ無いよ…」
三人の笑い声が礼拝堂に響き渡る――
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