カオフラージュ
31
京浜東北線、東神奈川駅のホームで白のハンチング帽に水色のポロシャツ、白のスラックス姿――そのファッションが持つ柔軟さとは裏腹に筋骨隆々とした肉体が無骨なシルエットを見せる三十代半ばの男が麦わら帽子にピンクのタンクトップ、デニムの短パン姿の小学校低学年くらいの少女を連れて電車を待っている。
「どこ行きたい?」
男は言った。
「妹のところ」
「え」彼は困った表情をみせた。「でも、お母さんとの約束であそこには行っちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「おじちゃんが内緒にしていてくれたら、お母さんにはバレないよ」
彼女はすがるような目で見上げ、彼の手を強く握りしめた。
「でも、おじちゃんはお父さんと同じでお巡りさんだから、嘘はついちゃいけないんだよ」
「黙っていればいいの。何も言わなければ嘘をつかなくてもいいでしょ?」
「でも、お父さんはおじちゃんより偉くて、もし、バレたらものすごく怒られちゃうからなあ」
「お父さんやお母さんには、おじちゃんに遊んでもらってとても楽しかったって、それだけ言えば嘘にならないでしょ?」
「施設の人がお父さんたちに話しちゃうかも」
「遠くから顔を見るだけでいいの。ねえ、お願い」
「仕方ないな。ちょっとだけだよ」
「うん」
本牧元町にある『光学園』と呼ばれる児童養護施設は補強コンクリートのRC造で、いくつかの棟に分かれていた。
二人は道路を挟んで、向かいの駐車場に停めてある車の陰から中の様子を窺った。目の前には玄関のある中央棟があり――船のへさきのような形をしていた。そこから、視線を少し左に移動すると中庭が見えた。職員と思われる女性二人と十人前後のこどもたちが遊んでいる。男はすぐに自分が連れている少女と同じ格好をしている女の子を見つけた。
「晴子ちゃん……」少女は一年ぶりで妹を見た。彼女の頬に一粒の涙がすべり落ちた。「ごめんね」
少女が晴子ちゃんと呼ぶ、その子は数人の仲間とサッカーをして遊んでいて、誰かが蹴ったボールが道路沿いのフェンスの方へ飛ぶと、彼女がそれを拾いにやって来た。二人は慌てて車の後方へと身を隠した。意外にその距離は短かったので、危うく見つかりそうになった。妹は何かを感じたのか、こちらの方を少し見ていたが、仲間の呼ぶ声に戻っていった。男がトランクの陰から覗くと、走り去る彼女の左肩にトライアングルの頂点のような三つのホクロが見えた。
「もう、帰ろう」
少女が言った。
「いいのかい?」
「うん。晴子ちゃん、元気にしていたから」
「そうか。よし、帰ろう」
「今日はありがとう。川島のおじちゃん」
「いや、瞳ちゃんのお役に立ててなによりだよ」
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