カオフラージュ
15
ようやく落ち着きを取り戻した男と愛はエレベーター前のベンチに腰かけた。
「これ水です。どうぞ」
彼女はバックパックから、ペットボトルの水を取り出し、彼に差し出した。
「ありがとう。あなたは……」
「神山愛です」
彼はうなずくと、水を飲んだ。
「あの、実は私の姉、この屋上から何者かに突き落とされて殺されたんです」
「え?」
男が驚きの表情を見せる。
「あなたはさっき、ここから女性が突き落されて殺されたとそう言いましたよね? あれはどういうことですか? あなたはその現場を見たんですか? もし、何か知っているのなら教えて下さい。姉は誰に殺されたんですか?」
愛は男に詰め寄った。
「ぼ、僕は――」
彼はたじろぎ、おびえたように震えだした。
「ごめんなさい」彼女は慌てて謝った。「あなたを責めているわけじゃないんです。ただ、たった一人の家族だった姉の命を奪った犯人が私は絶対に許せないんです。犯人はまだ捕まらずに逃げ回っているんです。だから、もし何か事件のことを知っているのなら、どんなことでもいいですから、教えて欲しいんです。お願いします」
「僕は何も知りません」
「でも……」
「僕は記憶が無いんです」
彼女の言葉を遮るように言った。
「え?」
「自分が誰なのかもわかりません」
男はそう言うと、頭を抱えた。
「記憶喪失……?」
愛はそれ以上、言葉が続かなかった。
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